レジリアンスは何処からくるのか
上の写真はローマ最古の図書館(Biblioteca Angelica)です。教会の隣にある修道院だった建物を1604年に図書館として公開、現在も一般に利用されています。あいにく改装中でしたが、係りの方が親切に入れてくださりお話を聞くことができました。「一番古い蔵書はいつ頃のモノですか」とお聞きするとなんと8世紀とのこと、源氏物語が9世紀なのでその凄さがわかります。今回の旅はレジリエンスをもった都市と呼ばれるローマを5日間にわたって1日平均1万8千歩、堪能するまで街を歩くことでレジリエンスの所以をなんとなく感じることができました。
今秋、京都宇治にニンテンドーミュージアムが開業します。花札からSwitchに至るまで任天堂が作り続けてきた娯楽の歴史を知り、体験できる場だそうです。ぜひ行ってみたいとサイトを見たら、すでに予約で埋まりつつありました。米国シンシナティのP&G本社には、商品開発チームが新製品考案のヒントにすべく「ヘリテージセンター&アーカイブス」という博物館があります。こちらは失敗の殿堂に飾られていて、一般公開はなく、もしろ本社を訪れたゲストやとりわけ社員の訪問を奨励しています。
デンマーク生まれのレゴ社はビルンの本社で空調管理された施設を作って、全長8kmにも及ぶ棚に驚くなかれ過去発売したほぼ全製品を陳列保管しているそうです。有益な保管庫には過去の栄光だけでなく、失敗や苦境にあった時期の情報も含まれています。こうした情報は企業やブランドの包み隠さない姿勢をあらわします。航空会社の博物館にあるような歴代客室乗務員が着ていた制服がきちんと保存されているのを目にすると人は感銘を受けます。
ヨーロッパのラグジュアリーブランドはどこもやっているそうですが、1941年創業のバッグ革製品の米国ブランドであるコーチは創業から発売されてきたバッグのほぼすべてをニューヨーク本社で厳重に保管を続けているそうです。幹部は古いバッグを参考に新しいデザインのヒントを探すのは有益だと述べています。このように企業内博物館や保管庫は単なる思い出や宣伝にとどまらない有益な価値を持っています。
話しをレジリエンスに戻したいと思います。企業やブランドのレジリエンスを考える時、原動力となるのは一体何でしょうか?まず、企業やブランドが持つアイデンティティやカルチャーを再認識することが大切です。そしてそれらの想いをどこかで伝承しつつ、新たな価値を創る、転換するエネルギーです。その際、ブランドにとって充実した歴史を示すアーカイブスは貴重な資産であり、未来に向けた新しい価値開発の手助けにしなければなりません。
ローマの中心部では6Mから10M掘ると今も古代ローマ帝国の遺跡が出てきます。壊すよりもその上に新しい街を作ってきたローマ人、ローマが世界中の人々から愛される理由のひとつである気がします。
ゲームチェンジと心得る
上の写真にあるサイネージはコペンハーゲン市内を走っている車と自転車の動きをリアルタイムに視覚化したものです。自転車はユニークですよね。サステナブルな意識の高さとコペンハーゲンの特徴を上手く捉えたテーマです。コペンハーゲンの市内を結ぶ道路にたくさんの光の粒が動き回ってとても綺麗です。もともと空間デザインに優れている北欧のオフィスですが、デザインセンターにあるオフィスにふさわしいデジタルアートだと思います。
このサイネージからヒントを得てビービーメディア新オフィスのロビーにはブライトモノリスと呼ばれるサイネージがあります。こちらは日々刻々とグーグルトレンドに出てくる世の中で話題となっている言葉を30分おきに拾って自動生成し、まるで光が流れるようないくつかのパターンでメッセージを表示しています。着想から実装まで弊社のスタッフですべて企画制作し、訪れるお客さまを出迎えています。
今、マーケティングの世界でソーシャルからヒントを得たキャンペーン(socially informed campaigns)が増えています。ソーシャルメディアからのインサイトはクリエイティブを世に出す際のリスクを低減するメリットがあります。たとえば、20年ぶりに女子柔道48kg級で角田選手が金メダルを獲得したニュースが大きな話題となれば、そこで減量をテーマにしたキャンペーンはしやすくなります。ソーシャルメディア戦略を成功させるにはデータドリブンと直感的クリエイティブのバランスを等しく考える方が上手くいくとヴェイナーメディアCEOのヴェイナチャック氏が述べています。ソーシャルメディアのデータからは人々のインサイトが得やすいからです。
また、ヴェイナチャック氏によれば、「人々の関心にもとづいて動くアルゴリズムの登場によってたとえフォロワーが1000人しかいなくてもたった1本のコンテンツで何十万~何百万人にリーチすることが可能になった。TicTocの登場でマーケティングの世界において初めてクリエイティブそのものがリーチの創出を左右するパラダイムシフトが起きている」とのことです。ほぼすべてのソーシャルメディアにおいてユーザーの好みに関連したコンテンツを表示するようになっていることがこうした動きを助長していると思います。
SNSの功罪は別としてブランドはもはやソーシャルメディアパワーについて過小評価してはなりません。また、ソーシャルメディアキャンペーンで売上につなげるにはメディア中心ではなくクリエイティブ中心に考えを改める必要があります。コミュニケーションに力を注ぐメジャーなブランドならば複数のソーシャルメディアプラットフォームに毎日2件か3件のオーガニックポストをするのが当たり前の時代がやってきました。
43%は習慣
昨年カンヌ国際映画祭で役所広司さんが主演男優賞をとった映画「PERFECT DAYS」の冒頭のシーンをみなさんは覚えていますか。「毎朝5時半の目覚ましで起きるとトイレに行ってから着替えて歯磨きをする、顔を洗ってひげをそる、髪を整えて、首や顔にクリームをつけてからリビングへ移動。TVをつけてカーテンを開ける。ニュースを見ながら体操を30分、終わると冷蔵庫から取り出したヨーグルトとフルーツと混ぜながら朝食。さらに水とサプリメントを飲んだ後、準備をととのえて会社に向かう」 私も映画とほぼ変わらない朝のルーティンを行っています。
43%
先日発売されたばかりのThe ILLUSION of CHOICE「自分で選んでいるつもり リチャード・ショットン著 上原裕美子訳」という行動科学の本の中でこんな驚きの数値があります。これは2002年に行われた200人を起用した心理学者ウェンディ・ウッドによる実験から人が日々行っている行動のうち習慣的行動とみなされた割合だそうです。朝のルーティンは最もわかりやすい行動ですが、確かにどこに行こうと誰といようと決まった動作を行っていることがありますね。スマホの閲覧は最たる事例でしょう。
ブランドやマーケターにとって新しい習慣を作れればもっとモノは売れるはず、さらに習慣の形成は新市場を生み出すうえでもっとも重要です。ではいったいどうすれば既存の習慣から新しい習慣に切り替えることができるのか、ショットンは以下の6つのポイントをあげています。
①新たな期間の始まりを狙う:新年度、新学期、大きな出来事の後、、、人は一貫性を保ちたい欲求があるが新しい時期に踏み込むときには過去との結びつきが弱まる
②モチベーションだけに頼らずきっかけ(キュー)をつくる:時間、場所、気分、、、やる気や願望と行動にはギャップがあって具体的なきっかけがあると行動しやすくなる
③既存の行動をきっかけ(キュー)にする:既に習慣化している行動に追加したり、合図として利用すると新たな行動を習慣化しやすくなる
④とにかく簡単な行動から始める:単純、反復、単時間、、、いちいち考えなくても済むと行動しやすくなる
⑤不確実な報酬のほうが強いことを利用する:心理的・身体的・物理的な報酬がないと習慣は続かないがむしろ不確実にしたほうがより熱心に取り組むようになる
⑥習慣は一夜にしてならずと心得る:習慣形成は内容や人によってバラツキがあるので持続的な介入が必要である
なるほど身に覚えがあることも多いかもしれませんね。ブランドやマーケターにとって⑤の不確実な報酬の方が強いという法則はサブスクやロイヤルティープログラムにかなり参考になるのではないでしょうか。最新の行動科学(心理学・社会学・人類学・精神医学)を応用することはマーケティングにとどまらず自身の健康や働き方の改善など良い習慣を身に着けるうえでも見逃してはならないと感じます。
扉から見える光景
長い人類の歴史をみると世界4大文明発祥の地に始まり古代ローマから現代に至るまで国家のサイクルは新たな秩序から制度が整う発展期、平和と繁栄が続く絶頂期、支出や債務が過剰になり、機能不全が起きて内戦や革命が起こる衰退期を繰り返してきました。多くの混乱を経て国家はなくなるというよりもリボーンすることで進化を遂げてきました。そして今、日本も含めてリボーンしなければならない段階が世界中で迫っている気がします。
先週ニューヨーク滞在中に現地でTVを見ていたら「ポータルが再開されました」というニュースが流れました。ポータルって一体なんだろうと早速調べてみると2016年にリトアニア出身のベネディクタス・ジリス氏が考案したデジタルインスタレーションで、遠く離れた場所への扉、人類のつながりを体験できる新しい試みとしてスタートしたものでした。世界の都市やランドマークのいくつかに設置されています。ニューヨークでは有名なフラットアイアンビル(1902年ブロードウェイに建てられた22階建ての高層ビル)の隣に設置されています。実はこのポータルはもうひとつアイルランドの首都ダブリンの目抜き通りであるオコンネル通りに設置されていて2つの都市がライブストリーミングで繋がっています。
ありのままの人々と出会う、隔てているものよりも分かち合うものがある、国境や文化を超えて繋がりを感じられるというコンセプトで始まった活動でしたがニューヨークでは5月8日に公開されてからセキュリティやバリアが設置されているにもかかわらず悪質な行為が発生したため14日に一時閉鎖となりました。裸を見せたり、不穏なポスターなどを掲げたりする動画がSNS上に広まりました。パートナーシップは「ポータルが閉鎖されている間、なぜ閉鎖する必要があったのか私たち全員で考える時間をとってほしい。ポータルを訪れた圧倒的多数の人々は適切な行動をとり、ユニークな体験は支持されている」と述べています。再開されたタイミングで現地に行ってみると人盛りは絶えず、マスコミの取材も行われていました。ちなみにニューヨークのポータルは今秋まで設置される予定だそうです。
「ポータル」のような活動は性善説に基づく自由と倫理、人類が地球という宇宙船で一緒に旅を続ける唯一の方法は「共にある」という意識などをより強める目的を持っています。「ポータル」に限らずおそらく同じ動機をもった活動は今後も大切です。しかし、一方で自己中心主義の横暴、価値観の違いをまとめていく力を持ったリーダーの不在、基軸通貨国の膨大な財政赤字など解決の難しい混乱を招く要因も増しています。欧米主導の秩序への反発は企業やブランドに関係ないとは言えません。「ポータル」と同様に不慮の事態も増えていくことを心しておかねばと思います。
何になろうとしている?
ソーシャルメディア(SNS)はいつの間にか交流するためのメディアから娯楽やニュースを発信・閲覧するためのフィードに変わってしまいました。自分自身も昔は個人的なやりとりを中心に行っていましたが、今ではそうした会話は非公開のメッセージングアプリやグループチャットに移行し、SNSはもっぱら見る専門になってしまいました。アルゴリズムやAIによって個人の好みを収集し、同じようなジャンルやテーマばかりが流れるようになって、広告もずいぶん増えたと感じます。
ソーシャルメディアのマスメディア化に拍車をかけているのがTikTokだと言われています。かつてのテレビのチャンネルをザッピングするのと同じく、リモコンのかわりにスマホの画面を指で次々とスワイプするようになりました。他のSNSも追随してユーチューブでは「ショート」、インスタグラムでは「リール」でオーディエンスを巻き込むために動画を重視しています。今や地球上の人々のほとんどが手のひらサイズのパーソナルTVを持っている状況に変わりました。そして従来のTVとの決定的な違いは常にユーザーとともにあって万能情報ツールだということです。
SNS動画が飛躍的に増えた中での変化も見逃せません。TVメディアとスマホのSNSメディアの違いはプロが作ったコンテンツと個人が作ったコンテンツがTVではプロのみであるのに対してスマホのSNSは入り混じって流れてくることです。一部の専門家はいずれ「以前ソーシャルプラットフォームだったもの」と「従来のテレビネットワーク」と「従来の映画製作スタジオ」がより混然一体になっていくと予想しています。
マスメディア化とともに視聴者側も配信するプラットフォーム側もますます優れたコンテンツを求めるようになっていく傾向にあります。インスタグラムがTicTokに近づいていたり、TikTokが長尺の動画を取り入れてユーチューブに挑んでいたり、3社ともにプロの制作会社のコンテンツを増やしています。これらの動きはSNSメディアがTVのチャンネルを切り替えるように次から次へとコンテンツを見せて、TVのようにずーっと流れている世界を目指しているのかもしれません。
一方で鳴りやまないのはSNSメディアの有害性です。かつてTVも同じことを言われた時代がありましたが、SNSメディアにおけるフェイク・炎上・有害広告といった事象は日常茶飯事です。これはプラットフォーム側が元々自分たちは「場」を提供しているだけというマスメディアとの成り立ちの違いにあるような気がします。Meta社はThreadsというユーザーがルールを設定して有害なコンテンツをブロックできるようなモデルを開発していますがまだ初期段階です。こうした状況下でユーザー側の有害から逃れたいニーズはますます高まっていくものと思われます。人々は他者とつながり、買い物をし、エンタメを見るためのより安全で、よりパーソナライズされた空間を求めています。当然ブランドがとるべき行動もこうした文脈に沿った期待に応えていくことになっていくと思われます。
そもそもを考えるとは
2024年、世界では選挙イヤーと言われています。なんと約60か国・地域で国家レベルの選挙が実施される史上最大の選挙イヤーになる見込みです。おそらく今後の世界がどうなっていくのか大きな節目となりそうです。
さて、選挙といえば日本は国政選挙でさえも50~60%の投票率しかありませんが、デンマークでは85%もあるそうです。どうしてこんなに差が出るのだろう。昨年コペンハーゲンを初訪問してますます好きになったデンマークからもっと多くを学びたいと思い先月都内で開かれた勉強会に参加しました。デンマークと日本を比較すると似ているところもたくさんあります。両国ともに王室や皇室を大切にする民主主義国家であり、信頼をベースにした社会、学び続けられる社会、デザインや工芸、生活雑貨への関心が強いなど、特に清潔なところは日本文化とも相性がとても良いと感じます。一方で、幸福度やジェンダーギャップ、報道の自由度などでは大きく日本は見劣っています。
「デンマークの人たちはそもそも(WHY)を考えるのが得意です」とニールセン北村さんが教えてくださいました。なるほど、そもそも椅子とは、そもそも教育とは、そもそも街とは、そもそも民主主義とは、そもそもデンマークはどんな国にありたいのか、という問いの答えがいたるところで実践されています。HOWやWHATではなくWHYから考えるには幼いころからの教育においてなんでも聞ける環境が大切です。タブーや忖度がはびこらない社会だからこそ実現できているのかもしれません。もう一つ印象に残ったのは能力のある者には義務がある(Den der ber evnen, har pligten)という言葉です。出る杭は打たれるという日本の伝統的な空気とは真逆、だしおしみをせずにどんどん社会で生かすことが義務という考え方は素晴らしいと思います。同様にダイバシティや人権の意識は日本はまだまだ弱く頼りなく感じます。只、こうした考え方をそのまま受け入れるのではなく、日本人が考えるそもそもにぶつけてみて哲学や倫理観を高めていくことが大事だと思いました。冒頭に日本の若者や子供は忙しすぎるのでは?と北村さんがつぶやかれていましたが、若者や子供に限らず深く物事を考える時間や体験を持つことがますます大切だと感じます。
人や社会の中で存在するブランドは性能や品質は別として「~~の国生まれのブランド」としてこうした考え方の影響を多かれ少なかれ受けています。独自性を失わずに良い点、たとえば上記の闊達な合意形成力、能力を社会に生かす義務といった考え方を組織にどう取り入れたらよいか、考えて実行できるブランドこそ、真の多様性があるブランドと言えるのではないでしょうか。