昨年9月、アウトドアウェア・ギアで有名なパタゴニアの創業者イボン・シュイナード氏が自身と家族の保有する議決権のない同社株式を環境NPOに譲渡し、議決権のある株式はすべてパタゴニア・パーパス・トラストに信託するというニュースが話題となりました。ご存じの方も多いかと思いますが、パタゴニアは環境問題が今のように騒がれるずっと以前から持続可能性を経営の軸において売り上げの1%を環境保護に充てることをはじめ、従業員の事業所内託児所設置、倫理的で持続可能なサプライチェーン、ブランドの修理や再販に至るまであらゆる面で業界をリードしてきました。
今年8月にイボン・シュイナード氏の新著「The Future of Responsible Company : What We've Learned from Patagonia's First 50 Years」が出版されました。この本に書かれている教訓について少し触れたいと思います。資源を使ってモノを生産し、販売し、廃棄物を生みだす製造業にとって利益との葛藤の中で完全な持続可能性を達成することがいかに難しいか、品質との両立をどのように図るか、多くのブランドの共通課題でもあります。
過去50年で気候変動問題と企業の責任に対する見方は大きく変わりました。人々は環境問題の複雑さやうわべのメッセージに対して懐疑的にとらえるようになりました。まず第一にブランドメッセージで漠然とした主張は避けるべきと本の中で述べています。次に時間が経過してもさびないサステナビリティストーリーをつくるには開発の段階から製造チームとマーケティングチームの絶え間ないコミュニケーションをとることが必須です。また、ネット・ゼロやカーボンニュートラルなど目標を達成できないならばその旨を正直に話し、他の方法を見つけてそれを話せばよい、企業が正しい方向に進み、その道程を誠実に分かち合っている限り人々は寛容であるとも述べています。但し、サステナビリティへの取り組みが本物でビジネスとつながっていなければなりませんが。最後は長期的な視点をもつ重要性をあげています。短期的な結果に集中すると長期の問題を引き起こす一方、企業の長期的な利益は社会の利益・地球の長期的利益と必ず一致するとの考え方です。
シュイナード氏は責任あるビジネスを続けていくうえで前例のない行動をとりました。全株式を売却して現金を寄付した場合経営理念を維持できなくなる可能性があると断念し、新規株式公開(IPO)については「長期的な活力や責任が短期的な収益を求める圧力の犠牲になる」と判断しました。「他社に責任ある行動を促す前に私たち自身がそうしなければならない。問題を無視したり、避けたりせず、解決に向けて積極的に行動することで、持続可能性への道をさらに前進させられる。私たちが正しい選択をするたびにその方が利益につながることが判明している」とシュイナード氏は述べています。
果たしてパタゴニアに追随する企業やブランドがこれから増えていくのか、最近のZ世代の調査では発言と購買の間に矛盾があるという報告もあります。責任ある行動をとるブランドを目指すにはどうすれば良いか、顧客の先を見ることも時には必要です。