今年米国のビール業界で起きた大きな出来事といえばアンハイザー・ブッシュ社(AB社)がトランスジェンダーのソーシャルインフルエンサーにバドライトのパーソナル缶を送ることから端を発した顧客によるブランドボイコットであったと思います。マーケティング巧者であるAB社が主力ブランドを分裂する政治社会問題の渦中に投げ込んでしまいました。誤解があったとはいえバドライトの売上は下がり続け、バドワイザー、ミケロブ・ウルトラ、などの他ブランドにも悪影響を及ぼしました。結果としてブランド担当と上司を休職にして交代させるとともにブランドマーケティングの決定並びにトラブルの対処の拙さを露呈することになりました。
ブランドパーパスは10年以上前からマーケティングの中心的な考え方のひとつとして広がってきました。持続可能性や環境・社会・ガバナンスへの関心と相まってパンデミックが起きた2020年にはピークに達した感があります。最近の米国レポートによればブランドが持続可能性や多様性やコミュニティに貢献しても数年前に比べて顧客は無関心になっていると言われています。去年あたりからグローバルのCMOはパーパスという言葉を多用しなくなりました。
パーパスブランディングが顧客になぜ響かないのか、その原因のひとつは企業トップがパーパス(ブランドの存在理由と結びついた活動)とコーズ(社会貢献そのもの)と混同していることがあげられます。もうひとつはブランドカテゴリーや商品と結びつきが強くないパーパスメッセージであったり一貫性がない活動の場合です。一方で高い評価を得ているブランドの代表例がP&Gの洗剤タイドです。「冷水を使おう」Turn on Coldはタイドの持つ優れた機能として長年広告キャンペーンに使われてきました。タイドはCO2による環境負荷を減らし、電気代も節約できるというものです。ユニリーバのベン&ジェリーズも何十年にも渡ってアイスクリームとしてはちょっと大げさな「アイスクリームは世界を変えられる、人間のニーズを満たし、社会における不公正をなくす」という考え方を持っています。だから、ベン&ジェリーズが米国でネイティブアメリカンに盗まれた土地を返すことを支持したり、アイスクリームが溶けちゃうと困るからと気候変動問題に取り組んでいても顧客は驚きません。
AB社は「もっと多くの乾杯ができる未来を創ろう」(To a Future with More Cheers)のミッションを掲げています。前述したバドライトのキャンペーンは多様性の観点からコアな顧客(愛飲者は保守的で圧倒的に男性)を阻害せずに長い衰退傾向から新たな顧客の拡大を目指しました。しかし、飲みやすく皆で楽しめるバドライトを壊してしまいました。AB社の新チームはLGBTの団体を含む長い関係を持つ団体の支援を続けると表明する一方でスポンサーシップとブランドマーケティングを区別してビールのマーケティングはスポーツ・音楽・人々のつながりへの応援といったテーマに焦点を当てようとしています。
ブランドがパーパスを持つことは好ましいことです。さらにパーパスを企業やブランドのマーケティング活動に反映することは正しいと思います。ただし、ブランドエクイティの観点から顧客との関係性を踏まえた活動でなくてはいけません。特に社会を二分するような政治・社会・文化的な問題にブランドが関わることは極めて注意が必要です。